【連載NO.7】やりたいことの見つけ方

きのこの山とたけのこの里論争から考える天職論

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상시

주최자

中越 裕史
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こんにちは。カウンセラーの中越です。

ずいぶんと昔からネットで、「きのこの山とたけのこの里、どっちの方が美味しいか?」

という論争があります。

そして意外なことに、このきのこたけのこ論争が天職探しのヒントになってます。

いったいなぜ、きのこたけのこ論争が天職のヒントになるのか…?

読めばきっと分かるはず。

というわけで今回は、きのこたけのこ論争に学ぶ天職論!

スタートします!!

そんなのはただの好みの問題

ずいぶんと昔からある「きのこの山とたけのこの里、どっちの方が美味しいか?」という論争。

ちなみに僕はたけのこ派です。

こういう論争って遊び半分だから面白い。

ガチで言い合ってしまうと、なにも面白くありません。

だって、そんなの結局ただの好みの問題だからです。

どっちが美味しいかに、絶対的な正解などありません。

「自分には自分の好みや価値観がある。そして、相手には相手の好みや価値観がある。
違う人間なんだから、好みも価値観も違って当然。
自分と違う好みや価値観も、そういう人もいるんだな、と認め合う」

それができてはじめて、きのこたけのこ論争を楽しむことができます。

きのこたけのこ論争は、他人の価値観を認め合う上で、成り立つ遊びなんですよね。

天職論についても実は同じ

さて、天職についても昔からずっと同じ論争が続いているんです。

それは、「好きを仕事にするのが良い派」と、「好きを仕事にしてはダメ派」。

この2つの論争も、本当にずっと続いています。

僕自身はもちろん、「好きを仕事にするのが良い派」です。

「やりたいことを仕事にする。その方が幸せに生きられる。
だって、社会人になったら生きている大半の時間を働いて過ごすのだから」

という考え方です。

僕自身は、やりたいことを仕事にしてよかったと思ってます。

カウンセラーなんて仕事、あまりお金にはなりません。

しかも独立自営業なので、不安定。

ときには僕だって、不安になることがあります。

それでも10年以上続けきて、いま自分の人生を振り返って、

「リスクだってあったし、大変な苦労も多かった。
正直、贅沢な生活は、この先もできそうにない。
それでもやっぱり、やりたいことを仕事にして僕はとても満足している」

と嘘偽りなくいえます。

ただ、僕と違う考えである「好きを仕事にしてはダメ派」の人たちがいるのも当然だと思います。

きのこたけのこ論争と同じ。みんな違って当たり前。

「違う価値観の人も、世の中にたくさんいるんだな~。
それで本人が幸せなら、そういう生き方もアリだな」

と嘘偽りなく思います。

生き方、働き方の価値観も、きのこたけのこ論争と同じで絶対的な答えがなくて当然。

結局のところ、最後は好みの問題です。

みんな答えが違うのだから、自分自身の価値観を大事にして、自分が納得できる方を選ぶ。

他人がなんといおうと、自分の好きな方を選ぶこと。

それが一番幸せです。それだけのことです。

仕事の価値観はさらりとできない

ところが、仕事の価値観になると「相手の価値観を認める」ことがとても難しい。

きのこたけのこ論争では、さらりと他人の価値観を認めることができても、

仕事という、人生を左右する問題では急にこれができなくなる。

だから、自分と違う価値観の人をなかなか認められない。

たとえば、「どうせなら一度きりの人生、やりたいことを仕事にしたい。好きなことを仕事にした方が自分は幸せな人生だと思う」といったとします。

すると、違う価値観の「好きを仕事にしてはダメ派」の人に、

「私はやりたくないような仕事でもずっと我慢して、とにかく仕事を続けてきた。でも、仕事ってそんなものでしょ!
あなたの考えは、甘いのよ!」と怒られてしまいます。

その怒りの感情の裏には「じゃあ、我慢して働いてきた私の人生は不幸だった。あなたは遠回しに私にそう言いたいの!?」という気持ちがあります。

自分を否定されたと考えてしまうと、感情的になってしまうのも当然のことかもしれません。

もちろんお互いに頭では「ただ価値観が違うだけ」とわかってはいるのです。

でも、どうしても大きな問題だけに感情的になってしまいます。

自分のまわり数人で思考は歪む

さて、少しだけ話をきのこたけのこ論争に戻します。

僕の家では、僕も奥さんもたけのこ派。

家で2人で話していると、この世のほとんどの人がたけのこ派であるような気分になります。

確か僕の友人もたけのこ派だったはず。

それだけで僕にとって、この世の大半がたけのこ派。そう感じてしまいます。

僕は3対7くらいで、たけのこ派優勢だとすっかり思ってました。

ところが実際には、きのこ派、たけのこ派、もっと拮抗しています。
(明治HP参照、スプラトゥーン2参照)

よく考えると当たり前で、ある程度拮抗していないと論争にすらなりません。

長く論争になるのなら、どちらの意見もそれなりにたくさん支持者がいるはずです。

でも、人間って不思議なもの。

自分の身の回り数人がたまたま同じ意見だと、それが全てと思っちゃう。

僕の認知はすっかり、たけのこ派に歪んでました。

仕事の価値観も、これと全く同じです。

自分の親や上司、友達が、「好きを仕事にしてはダメ派」だと、世の中全てがそうであると感じちゃう。

しかも、類は友を呼ぶので、同じ場所には同じ価値観が集まりやすいのです。

「好きを仕事にしてはダメ派」には、「好きを仕事にしてはダメ派」が集まってくるものです。

僕自身の場合だと、会社員のときには「好きを仕事にしてはダメ派」がまわりに多かったです。

だから、とても肩身が狭かった。

まるで自分一人が、おかしいように感じました。

ところが独立をすると「好きを仕事にするのが良い派」が一気にまわりに増えました。

学生時代の友人も、独立した者同士で集まったりするので、やはり類は友を呼びます。

よくよく考えてみると、自営業やフリーランスなんて世の中いくらでもいます。

個人でやっている居酒屋。

個人でやっている美容室。

街を歩けばいくらでもある。

ヨガに陶芸、音楽教室。

習い事の教室なんて、個人経営がたくさんある。
(自分もお客さんとして必ず利用してるはずなのにそのことを忘れてしまう!)

ただ会社員だと、そういう人に出会わなかっただけ。

出会っていたとしても、自分とは別世界の人だとスルーしていただけでした。

そもそも、この世の全ての会社は誰かが起業をしたのです。

ただただ昔の僕は世間が狭かっただけ。

好きを仕事にしている人が僕の周りにいなかっただけ。

狭い世間の数人の意見で「好きを仕事にしてはダメなんだ…」そう勝手に落ち込んでいただけ。

ここでも僕の認知が、まわりの小さな世間に合わせ歪んでいただけでした。

やっぱり、きのこたけのこ論争と同じ。

人間の認知なんて、まわりの数人の意見によって簡単に歪んでしまいます。
(結婚に対する価値観も、同じことがいえると思います。結婚はお金と条件が大事派。やっぱり好きな人と結婚派。この論争も終わりがなく、まわりの数人の意見で歪む。そして最後は、個人の価値観に落ち着きます)

仕事の価値観に良いも悪いもない

どんな生き方をするか?

どんな働き方をするか?

そういう問題に、絶対的な答えなんてあるはずがありません。

それは、突き詰めて考えると個人の価値観、好みの問題。

「好きを仕事にする方が良い派」

「好きを仕事にしてはダメ派」

どちらも、正しい。間違いなんてない。

親、兄弟だろうと、違う人間なのですから、好みも価値観も違って当然。

自分の好きな方を選んで、自分が納得すればそれで良い。

もし誰かから違う価値観を主張されても、華麗にスルーすればいい。

そして、自分の価値観を大事に、働き方を決めればいい。

自分自身が「好きを仕事にする方が良い派」なら、その気持ちを大事にすること。

他人の意見はスルーして「好きを仕事にする方が良い派」という、自分の価値観を大事にする。

それでいいんですよ。

次回は<やりたいことを見つけるのに役立つ鋲をうつ話>についてお話したいと思います。
お楽しみに!
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